「ブルーオーシャン戦略」

blue ocean strategyとは、INSEAD(欧州経営大学院)教授のW・チャン・キム とレネ・モボルニュによる経営戦略論。

「競争の激しい既存市場を「レッド・オーシャン(赤い海、血で血を洗う競争の激しい領域)」とし、競争のない未開拓市場である「ブルー・オーシャン(青い海、競合相手のいない領域)」を切り開くべきだと説く。そのためには、自分の業界における一般的な機能のうち、何かを「減らす」「取り除く」、その上で特定の機能を「増やす」、あるいは新たに「付け加える」ことにより、それまでなかった企業と顧客の両方に対する価値を向上させる「バリューイノベーション」が必要だとしている。そのための具体的な分析ツールとして、「戦略キャンバス」などを提示している。
従来からよく知られているマイケル・ポーターの競争戦略が「事業が成功するためには低価格戦略か差別化(高付加価値)戦略のいずれかを選択する必要がある」としている一方、ブルー・オーシャン戦略では「「減らす」「取り除く」ことによる低コスト化と「増やす」「付け加える」ことによる顧客にとっての高付加価値は両立し得る」と主張している。」(ウィキペディア)

ブルー・オーシャンは、未開拓の市場を単に発見するだけではなく、戦略を練って自ら創り上げるもの。

ブルー・オーシャンは、あくまで競争相手がいない、または少ない市場であって、楽をして簡単に儲かる市場ではありません。しっかりとした戦略と参入後の遂行力が必要。

 

「外に媚び、内を脅かす者は、天下の賊である」吉田松陰

吉田松陰は文政13年8月4日(1830年9月20日)生まれ。

嘉永6年(1853年)ペリーが浦賀に初来航。翌年にはペリーが日米和親条約締結の為に再航しており安政5年(1858年)幕府が無勅許で日米修好通商条約を締結したことを知って松陰は激怒したと言われている。

翌年の1859年10月27日に満29歳で斬首刑に処されたが、この文言はその1859年頃のものと言われているようだ。

この吉田松陰の文言における「外」は米国であり、「内」は日本国内であり、「天下の賊」は幕府=当時の政府である。

今も昔も同じ状況と言えるのではないだろう。

草莽の民よ 怒れ

ランダムさのないところに新たなものは生じない

「ランダムさのないところに新たなものは生じない」(Without the random, there can be no new thing)。

これは『精神と自然』の中のグレゴリー・ベイトソンの言葉です。

すべてが規格化され、単一の「ものさし」で比較考量され、格付けされるところからは、いかなる新しいものも生まれません。

多逢勝因(たほうしょういん)

多くの人と出会い交わることが、物事をいい結果へ導くとの意味で、8世紀ごろ日本へ伝来した『地蔵本願経』にある言葉。

その前に「縁尋機妙(えんじんきみょう)」とあり「縁は縁を呼び、言うに言われぬものだ」とも説く。

出会いと縁を大切にして事業を開花させた河邉流は、この教えと重なる。

法政大学憲章「自由を生き抜く実践知」

【自由】
新しい社会を構築するために主体的かつ自立的に自らの力でものごとを考え、多様な立場に立って公正な判断を行い、新たな価値を創造できること

【実践知】
倫理的志向をもって根源的に社会の課題を考え、どこの誰にとっても、あらゆる意味で生きやすい社会をつくるために、それぞれの現場でその方法を柔軟に探索する知性

http://phronesis.hosei.ac.jp/phronesis

「変化を意識する」

「独自の技術・ノウハウを進化させ、事業領域を拡大」

「世の中の定石や固定観念にとらわれることなく、常に変化を意識することが、成長を継続させることに繋がる」
2016年3月に38歳にして経営トップに就任したキーエンス出身の関灘社長は、自社ホームページ上で経営理念を語る。

ジャストシステム・関灘社長